「もっと幸せに生きたい」。
そう願う人は多いのではないでしょうか。しかし、幸せは特別な成功や大きな環境の変化によって、突然手に入るものではありません。実は、日々のちょっとした習慣によって、私たちの幸福感は着実に高められることが、心理学の研究によって明らかになっています。その代表的な方法が「いいこと日記」です。
この習慣の科学的な根拠となっているのが、ポジティブ心理学の創始者として知られるマーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)らの研究です。彼の代表的な研究のひとつが、「Three Good Things(スリー・グッド・シングス)」と呼ばれる介入研究です。この研究では、参加者に毎晩寝る前、その日に起きた「よかったこと」を3つ書き出し、あわせて「なぜそれが起きたのか」を簡単に振り返ってもらいました。
内容はごく些細なことで構いません。「天気がよかった」「誰かに親切にしてもらった」「仕事を予定通り終えられた」―そんな日常の一場面です。すると、このワークを3週間続けただけで、幸福感が有意に高まり、抑うつ傾向が低下することが確認されました。さらに注目すべき点は、その効果が一時的なものではなく、数か月後まで持続していたことです。短期間のシンプルな習慣が、心の状態に長期的な変化をもたらしたのです。
なぜ、「いいこと日記」は効果があるのか?
なぜ、いいこと日記にはこれほどの効果があるのでしょうか。
私たちの脳は進化の過程で、危険や失敗、欠点に敏感に反応するようにできています。そのため、放っておくと「うまくいかなかったこと」や「足りないもの」ばかりに意識が向きがちです。
いいこと日記は、その無意識の偏りをやさしく修正します。毎日「よかったこと」を探し、言葉にすることで、脳は次第にポジティブな出来事に気づきやすくなります。これは、無理に楽観的になることとは違います。現実の中にすでに存在している「よい側面」を、正しく認識できるようになるという変化です。
重要なのは、「気分がいい日だけ書く」のではなく、淡々と続けることです。セリグマンらの研究が示すように、約3週間の継続が、思考や注意の向け方そのものを変えていきます。最初は形式的でも構いません。続けるうちに、「今日はどんなよいことがあっただろう」と一日を振り返る視点が、自然と育っていきます。
幸せは、何かを手に入れた結果として完成するものではありません。日常をどう受け取り、何に意識を向けるかの積み重ねによって形づくられます。いいこと日記は、自分を無理に前向きにさせるための方法ではなく、すでにある小さな幸せに気づく力を取り戻す、科学的に裏づけられた習慣なのです。
参考文献
(Three Good Things in Life)
Martin E. P. Seligman, Tracy A. Steen, Nansook Park, Christopher Peterson (2005). Positive Psychology Progress: Empirical Validation of Interventions. American Psychologist
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