ウェルビーイング関連情報総合ポータルサイト。ウェルビーイング関連の健康・幸せ・働き方・地域・企業・教育などの最新情報・実践知・研究論文紹介などコツコツ発信中です。

「良い関係」は、いつも心地よいとは限らない ー摩擦・違和感・対立とウェルビーイングー

日々是幸日

はじめに

前回の記事では、「ウェルビーイングを『私の問題』から『私たちのあいだ』にひらく」と題して、他者との関係が、私たちのウェルビーイングにとって大切な要素であることを見てきました。では、その「関係」は、いつも心地よく、穏やかなものである必要があるのでしょうか。

「ウェルビーイング」という言葉が広がるにつれ、私たちはどこかで「良い関係=心地よく、摩擦のない関係」というイメージを抱くようになっているかもしれません。

・気持ちよく話せること  

・衝突が起きないこと

・いつも分かり合えている感覚

もちろん、これらは大切です。でも実際の人間関係は、もっと複雑で、揺らぎを含んだものです。違和感を覚える瞬間、意見がすれ違う時間、沈黙や距離が生まれる場面——。こうした出来事は、ウェルビーイングにとって「避けるべきもの」なのでしょうか?

摩擦は「問題」?

対人関係における摩擦や対立は、ネガティブなものとして扱われがちです。でも実は、心理学の研究では少し違った見方がされています。問題は「違いがあること」そのものではなく、その違いをどう扱うかにあるというのです。

たとえば、仕事や課題についての意見の違い(「課題的対立」)は、うまく扱えば関係性や成果にプラスの影響を与えることがあります。一方で、感情的な対立や相手の人格を攻撃するような対立は、関係を傷つけやすいことが分かっています(Jehn, 1995; De Dreu & Weingart, 2003)。

つまり、摩擦や違いそれ自体がウェルビーイングを損なうのではなく、それをどう経験し、どう応えるかによって、意味が変わってくるのです。

人が傷つくのは「対立」ではなく「扱われ方」

対立の場面で、私たちが深く傷つくのは、意見が違うこと自体よりも、こんな経験をしたときではないでしょうか。

・「聴いてもらえなかった」

・「存在を軽く扱われた」

心理療法の研究でも、関係の中で生じるズレや緊張は避けられないもので、大切なのはそれを修復(repair)できるかどうかだと言われています。これは日常の人間関係でも同じです。関係が揺れたとき、話題をなかったことにしたり、感情を押し込めたり、表面的な「前向きさ」で覆うのではなく、「何が起きていたのか」を完全に整理できなくても、気まずさや違和感を置き去りにせず、もう一度、関係の中に持ち戻そうとすること。そのプロセスそのものが、関係性のウェルビーイングを支えるのです。

「心理的安全性」の本当の意味

最近、組織運営やリーダーシップの文脈で、「心理的安全性」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
心理的安全性とは、「いつも穏やかで、否定されない状態」を指すものではありません。

組織心理学者のエイミー・エドモンドソンは、心理的安全性を次のように定義しています。

「対人リスクを取っても大丈夫だと感じられる状態」(Edmondson, 1999)

ここには、意見の違いを表明することや、違和感を口にすることも含まれます。衝突が起きないことよりも、衝突が起きたときに排除されないこと。それが、関係における本当の安全なのだと言えるでしょう。

「壊れない関係」ではなく「戻ってこられる関係」

ウェルビーイングという言葉が広まると、「良い関係」を保とうとするプレッシャーが生まれることがあります。でも、すべての関係が常に心地よく、理解に満ちているわけではありませんよね。

ポジティブ心理学でも、人とのつながりがウェルビーイングの重要な要素であることは示されていますが、それは「葛藤のない関係」を意味しているわけではありません。

むしろ、こんな関係こそが大切なのではないでしょうか。

違いが表に出ても

感情がゆれても

完全に分かり合えなくても

関係が続く余地が残されている

その「余白」こそが、関係性のウェルビーイングを支えているように思います。

おわりに

関係の中で生じる摩擦や違和感は、できれば避けたいものです。
けれど、それらをすべて排除しようとすると、私たちは関係の表面だけをなぞることになってしまうかもしれません。
また、摩擦や違和感のない関係を求め続けることで、知らず知らずのうちに「まだまだ」と自分自身を追い込んでしまうこともあります。

ウェルビーイングとは、衝突のない状態ではなく、衝突が起きたときに、関係に戻ってくることができる力ととらえるのはどうでしょう。
違いをなかったことにしない。それでも、関係を投げ出さない。

その繰り返しの中で、私たちは他者と、そして自分自身と、もう一度つながり直していくのだと思います。

参考文献

  • De Dreu, C. K. W., & Weingart, L. R. (2003). Task versus relationship conflict, team performance, and team member satisfaction: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 88(4), 741–749.
  • De Dreu, C. K. W. (2006). When too little or too much hurts: Evidence for a curvilinear relationship between task conflict and innovation in teams. Journal of Management, 32(1), 83–107.
  • Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
  • Jehn, K. A. (1995). A multimethod examination of the benefits and detriments of intragroup conflict.
    Administrative Science Quarterly, 40(2), 256–282.
  • Safran, J. D., & Muran, J. C. (2000). Negotiating the therapeutic alliance: A relational treatment guide. Guilford Press.
  • Seligman, M. E. P. (2011). Flourish: A visionary new understanding of happiness and well-being. Free Press.

この記事に “ありがとう” を伝えますか?
やさしい気持ちが私たちの励みになります!

大学教員(博士・心理学)。専門はリーダーシップ教育。包容力のあるやさしい社会・組織づくりのための教育に情熱を注いでいる。「リーダーシップの探求:変化をもたらす理論と実践」(早稲田大学出版部)共訳者。「Global Leadership for Equity and Inclusion in Education: Geopolitical Issues, Diverse Perspectives, and Critical Praxis」(Routledge)共著者。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

コメントを残す