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学術研究・論文

個人から地球全体へ──生きとし生けるもの全てのウェルビーイングの実現のために

2025.08.20

いきなり壮大なタイトルに、ちょっと引いてしまった方もいるかもしれません。でもこの壮大なテーマに、教育や研究を通して取り組んでみたいと、筆者は考えています。そのプロセスをみなさんと共有しながら、ウェルビーイングが地球の隅々に広がっていくために、そしてそれがずっと続いていくにはどうしたらよいか、みなさんと考える、そんな試みをしてみたいと考えています。不定期な投稿になりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。

なぜ地球全体のウェルビーイングなのか

個人の幸せは周囲の人の幸せなしには続かない。周囲の人の幸せは社会全体の幸せなしには続かない。そして健全な地球環境無くしては、社会全体の幸せも、社会活動そのものも続かないことは、想像に難くありません。

武蔵野大学ウェルビーイング学部長の前野先生も、地球上に存在するあらゆる課題解決のための目標を示したSDGs (持続可能な開発目標)の本来のゴールは一つで,「生きとし生けるもののウェルビーイングのため」であり「ウェルビーイングは SDGs の上位概念である」と主張しています(前野, 2024)。

ポジティブ心理学が示す3つの階層

ウェルビーイングを高めるための科学的理論や実証研究を提供してきたポジティブ心理学の創始者であるマーティン・セリグマン氏とミハイ・チクセントミハイ氏も、ポジティブ心理学発足当初より、ウェルビーイングを以下の3つの階層で捉えることを提案しましています(Seligman & Csikszentmihalyi, 2000)。

主観的階層:喜び、満足感、幸福感、フローなど「良い気分を感じること」に焦点

個人的階層:人間の強み、美徳、勇気、知恵、対人スキルなど「よい人生」を構成する資質に焦点

社会的階層:道徳、社会的責任、教育、利他主義、寛容、労働倫理、ポジティブ組織など、共同体の発展と個を超えた価値に焦点

しかし、この社会的階層におけるウェルビーイングの実現は、ポジティブ心理学の大きな課題であることが指摘されています。

ブリスベンでの気づき

筆者は、今年7月、オーストラリア・ブリスベンで開催されたInternational Positive Psychology Association (IPPA) 国際カンファレンスに参加しました。大会期間中、基調講演や研究発表で何度となく以下のような問いが投げかけられました。

「ポジティブ心理学は、戦争や環境問題、社会的分断といった世界の深刻な課題に、どう貢献できるのか?」

オンラインで登壇したセリグマン氏にも会場から同様の質問があり、セリグマン氏は「正直言うと、完全な答えはまだ持っていない」と述べた後、「道徳的円(自分が道徳的に大事にする対象)」を、自分と同じ民族、宗教、肌の色、性別を持つ人だけにとどめず、異文化や異なる背景を持つ人たちにも広げていくことが必要であり、それこそが教育や心理学分野の次の科学的チャレンジだ」と述べました。

「個人の幸せ」への偏重という課題

また、最終日の基調講演に登壇した、コロラド州立大学教授のMichael F. Steger氏は、これまでのポジティブ心理学の多くが「個人の幸せ」に焦点を当てすぎてきたことを指摘しました。ポジティブ心理学が誕生してからの25年間、発表されている論文の大半は個人の幸せの向上に関するもので、ポジティブ心理学は「幸福度の向上」や「抑うつ改善」などにおいては成果があったけれど、環境破壊や社会的不平等といったグローバルな課題はむしろ悪化していると話しました。

そのSteger氏は、単なる個人の幸せの追求ではなく「再生可能な未来」を見据えた心理学への進化が急務だと訴え、「Regenerative positive psychology(再生的ポジティブ心理学)」という概念を提唱しています。これは、人間の文脈にとどまらず、あらゆる生命を支える仕組みを含めてウェルビーイングを理解し、育てていくことを目指すもので、以下の3つの柱から成っています(Steger, 2024)。

  1. ウェルビーイングの定義拡張

個人の繁栄だけでなく、その人を取り巻く社会・環境システムの健全性や成長も含める。

  1. ウェルビーイング・システムの科学構築

環境、社会、政治システムに積極的に向き合う研究・教育・介入を促す。

  1. ポジティブなケアテイキングの知識生成

個人が相互的・集合的なウェルビーイング、そしてそれを支えるシステムの「世話役」として行動できる特性や態度を育む。

この「Regenerative positive psychology(再生的ポジティブ心理学)」を眺めると、地球全体のウェルビーイングは一人一人が自分自身の幸福感を高めていくことで結果的に立ちあられてくるものではないことがわかります。地球全体のウェルビーイングとはどのような状態かを認識し、そこに向かうための、環境、社会、政治システムのあり方をデザインし、実現のために他者を巻き込みながら行動できる人を増やしていかなければならないのです。

これからの発信に向けて

筆者の専門は心理学とリーダーシップ教育ですが、リーダーシップ教育においても、組織のパフォーマンス向上に留まらない、地域コミュニティや社会にポジティブな変化をもたらすリーダーシップの育成はまだ新しい分野です。簡単ではありませんが、個人のウェルビーイングと地球全体のウェルビーイングの両方を実現する教育を目指して、本サイトで「社会的なレベルのウェルビーイング」や「すべての命の幸せ」をテーマにした研究や実践を紹介していきたいと考えています。
拙い取り組みですが、どうぞよろしくお願いします。

参考文献

Seligman, M. E. P., & Csikszentmihalyi, M. (2000). Positive psychology: An introduction. American Psychologist, 55(1), 5–14.

Seligman, M. E. P. (2023, July). Keynote address at the International Positive Psychology Association World Congress, Brisbane, Australia.

Steger, M. F. (2024, July). Regenerative positive psychology: Expanding the scope of well-being. Keynote address at the International Positive Psychology Association World Congress, Brisbane, Australia.

前野, 隆司. (2024). SDGsとウェルビーイング教育. 環境情報科学, 53(3), 1–7.

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大学教員(博士・心理学)。専門はリーダーシップ教育。包容力のあるやさしい社会・組織づくりのための教育に情熱を注いでいる。「リーダーシップの探求:変化をもたらす理論と実践」(早稲田大学出版部)共訳者。「Global Leadership for Equity and Inclusion in Education: Geopolitical Issues, Diverse Perspectives, and Critical Praxis」(Routledge)共著者。

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