日本企業がかつて誇った「社内運動会」や「社員旅行」。これらが「古い」「非効率だ」として、次々と廃止されていった時期がありました。ところが今、海外の先進企業がそうした仕組みの重要性に気づき、意図的に取り入れ始めているとしたら、皆さんはどう思われますでしょうか。
武蔵野大学ウェルビーイング学部長の前野隆司教授が上梓された『職場の憂鬱 「無気力な毎日」には理由がある』(SB新書) の一部を再編集した内容として、プレジデントオンラインに寄稿された記事の中で、この逆転現象について非常に丁寧に解説されています。かつての日本企業が持っていた「家族主義的経営」、、、つまり、社員の私生活にまで関わりを持ち、組織全体がまるで擬似家族のように機能していた仕組みには、実はウェルビーイングの観点から見ると非常に合理的な根拠があったというのです。
ここで注目したいのは、「ソーシャルキャピタル」というメカニズムです。これは、人と人との信頼関係や、「お互い様」で助け合うつながりの豊かさを指す学術用語です。ハーバード大学のロバート・パットナム教授が長年研究してきたこの概念によれば、職場内のソーシャルキャピタルが高い(つながりが豊かである)ほど、従業員の幸福度や生産性が上がり、離職率も下がるということがデータで示されています。
つまり、かつての運動会も社員旅行も、単なる「余興」や「福利厚生」ではなく、職場のソーシャルキャピタルを意図的に醸成するための強力な仕掛けだったと解釈できるのです。
私は「非合理の合理」という言葉をビジネススクールではじめて知りましたが、短期的な視点で捉えるとムダで非効率(非合理的)に見える雑談や社内行事が、実は組織の結束力や心理的安全性を担保する上で極めて合理的だったという、まさに「非合理の合理」であると感じました。効率化の名のもとに、こうした「非合理に見えるけれど大切なもの」を削ぎ落としてしまった結果、何が失われたかは、今の日本の職場に漂う孤独感や閉塞感が物語っているようにも感じます。
もちろん、こうした「つながりのデザイン」の重要性は、世界の先進企業がいち早く証明しています。例えば、Googleの元人事トップであるラズロ・ボック氏の著書『ワーク・ルールズ! ―君の生き方とリーダーシップを変える』では、従業員同士の「偶然の会話(カジュアル・コリジョン)」を意図的に生み出すために、無料のカフェテリア(食堂)やマイクロキッチン、スポーツ施設などに莫大な投資をしていることが明かされています。イノベーションや働く幸せは、デスクに向かって黙々と作業する時間からではなく、こうした偶発的な人間同士の交わりから生まれると確信しているからこその投資なのだと思います。
前野教授の記事が示しているのは、「昔の日本企業のやり方にそのまま戻ろう」という単純な懐古主義ではありません。従業員の幸福や帰属意識(自分がその集団の仲間であるという感覚)の重要性が科学的に裏付けられた今、それを現代に合った形でどう意図的に再構築していくか、という提案です。
幸福研究の積み重ねが私たちに教えてくれるのは、「人は孤独では幸せに働き続けることができない」という、とてもシンプルで大切な事実です。組織の中で、いかにして温かい「つながり」をデザインし直していくか。それが、これからの職場のウェルビーイングを左右する大きな鍵になるのだろうと思います。(ダイヤモンドオンラインは無料会員登録をすると、この記事を読む事ができます。)
出典・参考文献・参考サイト
運動会、社員旅行は効果絶大だった…日本が捨てた”家族主義的経営”を世界の企業が取り入れ始めたワケ(PRESIDENT Online)
https://president.jp/articles/-/113954?page=1
Putnam, R. D.(2000)”Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community” Simon & Schuster.
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