はじめに
前回の記事では、
ウェルビーイングを「個人の問題」から「社会や組織のあり方」へとひらいていく視点について考えました。
私たち一人ひとりの心が整っていることは大切ですが、
その人が生きている関係や環境そのものが変わらなければ、
ウェルビーイングは持続しにくいのではないか――そんな問いを投げかけました。
では、その「関係や組織のあり方」とは、
具体的にどのように私たちの経験に影響しているのでしょうか。
今回はその一つとして、
「いい人」「がんばる人」ほど苦しくなってしまう構造に目を向けてみたいと思います。
性格の問題?
まじめで、周りに気を配れる人ほど、なぜか疲れてしまう。 頼まれたことを断れず、周囲に迷惑をかけないようにと振る舞い、
気づけば、自分の余裕がなくなっている。
もしかすると、あなた自身にも、
どこか思い当たるところがあるでしょうか。
こうした状況を、「自分の性格の問題」として受け止めてしまうこともあります。
けれど、別の角度から検証してみましょう。
そこには、個人のあり方だけでなく、
私たちが生きている組織や社会、関係性の中でつくられていく構造があります。
今回は、その背景を、3つの視点からゆっくり見ていきたいと思います。
① 社会の期待を内面化する
― 成人発達理論の視点
私たちは、いつから「いい人」でいようとするのでしょうか。
発達心理学者のロバート・キーガンは、
成人の発達のあり方の一つとして「社会化段階(Socialized Mind)」を示しています(Kegan, 1994)。
この段階では、
自分の内側の基準というよりも、
周囲の期待や評価、関係性の中での役割が、
判断の軸になりやすいとされています。
「こうあるべき」
「迷惑をかけてはいけない」
そんな感覚が、自然と自分の中に根づいていくのです。
日本社会においては、
空気を読むことや、和を大切にすること、
周囲への配慮といった価値が、長く大切にされてきました。
社会学者の山岸俊男は、日本社会では、
相手が裏切りにくい関係性に支えられた「安心」や、
長期的な関係を前提としたつながりが重視されやすいことを指摘しています(山岸, 1998)。
こうした関係の中では、
関係を壊さないことが優先されやすくなります。
その結果として、
自分の気持ちや限界よりも、
「いい人でいること」を選びやすくなるのかもしれません。
② 負担が偏る構造
― 役割ストレスと職場の学習
では、なぜそのような人に、負担が集まってしまうのでしょうか。
組織の中では、誰にどの役割が集まるのかは、必ずしも意図的に決まるわけではありません。
頼みやすい人に、仕事が集まる。
調整役が、いつの間にか固定化される。
「できる人」に、自然と依存が生まれる。
こうしたことは、どの組織でも起こりうることです。
組織研究では、役割葛藤や役割曖昧性といった「役割ストレス」が古くから論じられてきました(Kahn et al., 1964)。
また、役割への期待や負担が過大になる状態は、役割過負荷として説明されることもあります。
さらに見落としがちなのは、こうした関係性が、日々のやりとりの中で「学ばれていく」という点です。
中原淳(2010)は、職場での学びが、人との関わりや実践の中で形づくられていくことを示しています。
その視点から考えると、「がんばる人に頼る」という関係もまた、誰かが意図したわけではなく、
日常の積み重ねの中で自然と定着していくものなのかもしれません。
③ 「言えない」関係性
― 心理的安全性の視点
では、その状況に気づいたとき、私たちはそれを変えることができるのでしょうか。
組織心理学者のエイミー・エドモンドソンは、チームの中で、対人的なリスクをとっても大丈夫だと感じられる状態を、
「心理的安全性」と呼びました(Edmondson, 1999)。
心理的安全性が十分でない環境では、「できません」と言うことや、
助けを求めること、違和感を言葉にすることが、難しくなります。
日本の組織では、上下関係や同調圧力が働く場面も少なくありません。
そうした中で、「言えなさ」が少しずつ積み重なっていくこともあります。
その結果として、無理をする人が支え続け、周囲はそれに気づきにくい――
そんな構造が、静かに続いていくこともあるのです。
ウェルビーイングを損なう組織文化はどう生まれるのか
ここまでの3つの視点を重ねてみると、ひとつの流れが見えてきます。
「いい人であろうとすること」が内面化され、その人に負担が集まり、
けれど、それを変えることが難しい。
その循環の中で、無理が見えにくくなり、負担の偏りが当たり前のものになっていく。
そしていつの間にか、その苦しさが「個人の問題」として扱われてしまう。

ウェルビーイングを損なう文化は、誰かの悪意によって生まれるわけではありません。
むしろ、善意や配慮、日々のやりとりの積み重ねの中で、
少しずつ形づくられていくものなのかもしれません。
では、どうすればよいのか
ここで必要なのは、「もっとがんばること」ではありません。
むしろ、関係のあり方そのものに、少し目を向けてみること。
なぜ、自分に負担が集まるのか。
なぜ、断ることが難しいのか。
この関係は、これからも続けていけるものなのか。
そうした問いを持つことは、当事者にとっての大切な出発点になります。
たとえば、少しだけ断ってみること。
誰かに助けを求めてみること。
感じている違和感を、言葉にしてみること。
そのひとつひとつが、関係のあり方を、少しずつ変えていきます。
同時に、これは「個人だけの課題」ではありません。
まわりにいる私たち一人ひとりにも、できることがあります。
誰かがいつも引き受けている仕事に、気づいてみること。
「大丈夫?」と声をかけてみること。
頼みやすい人に頼りすぎていないか、少し立ち止まってみること。
そして、「できない」と言えることや、
助けを求めることが、弱さではなく自然なこととして受け止められる雰囲気を、
少しずつ育てていくこと。
さらに組織としても、問い直してみることができるかもしれません。
負担は偏っていないか。
役割は見える形になっているか。
安心して声を上げられる関係があるか。
こうした視点を持つことが、「がんばる人」に依存しすぎない組織への一歩になります。
下の図は、「個人・周囲・組織」という3つのレベルと、「認識・対話・構造」という3つの観点から、関係性を少しずつ変えていくための具体的なアプローチを整理したものです。

変化は、大きな改革から始まるとは限りません。
日々のやりとりの中で、
ほんの少し関わり方を変えてみること。
その積み重ねが、
「いい人」「がんばる人」が無理をしなくてもよい関係へと、組織全体のウェルビーイングへと
ゆっくりとつながっていくのではないでしょうか。
参考文献
Kahn, R. L., Wolfe, D. M., Quinn, R. P., Snoek, J. D., & Rosenthal, R. A. (1964). Organizational Stress: Studies in Role Conflict and Ambiguity. Wiley.
Kegan, R. (1994). In Over Our Heads: The Mental Demands of Modern Life. Harvard University Press.
Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
Edmondson, A. C. (2018). The Fearless Organization. Wiley.
山岸俊男(1998)『信頼の構造』東京大学出版会
中原淳(2010)『職場学習論――仕事の学びを科学する』東京大学出版会
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