ライフハッカー・ジャパンで「いまの日本における『いい職場』ってなんだっけ?」という問いを軸にした興味深い記事を見かけました。紹介されていたのは、京都大学人と社会の未来研究院の内田由紀子教授が著した『日本人の幸せ ウェルビーイングの国際比較』という本です。「いい職場」という私たちの日常に密接したテーマが、文化と幸福の研究という視点から紐解かれており、思わず深く読み込んでしまいました。
「いい職場」と聞くと、給与の高さや福利厚生の充実を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、これまでのウェルビーイング研究が積み重ねてきたデータは、少し違う方向を指し示しています。職場における幸福感の中核にあるのは、物質的な条件よりも「心理的な安全性」や「自分で選んでいる感覚」、そして「人と人とのつながりの質」だと考えられています。
この点を分かりやすく整理しているのが、心理学の分野で有名な「自己決定理論(SDT)」です。この理論では、人がやりがいを持って働き、幸福感を得るために必要な心の栄養素として、3つの要素を挙げています。一つ目は、自分の意志で仕事を進められているという「自律性」。二つ目は、自分には能力があり役に立っていると思える「有能感」。そして三つ目が、周囲の人と良い関係が築けているという「関係性」です。これら3つが職場で満たされているかどうかが、働く人の幸福度だけでなく、結果的に企業の業績にも影響するということが、多くの研究で明らかになっています。
内田教授の研究で特にハッとさせられたのは、日本の職場文化を「昔ながらの農業的なコミュニティ」に例えて読み解いている点です。チームワークを重んじ、簡単には転職しない固定された人間関係。こうした日本の特徴は、先ほどの3つの要素のうち「関係性」を強くする一方で、「自律性」を縛ってしまいやすい構造を持っています。さらに近年は、リモートワークの普及などで職場での雑談やコミュニケーションが減り、この日本型組織のもろさが浮き彫りになってきたと感じます。だからこそ、部署の垣根を越えて人と人とをつなぐ「つなぎ手」のような存在が、これからの職場にはますます必要になってくるのだと思います。
この視点は、前野隆司教授が提唱する「幸せの4因子」とも深く結びついています。職場で「ありがとう」と感謝を伝え合える関係性や、本来の自分のままでいられる(ありのままに)という感覚は、安心できる環境があってこそ育まれるものです。給料が高くても、この土台がぐらついていれば、長く幸せに働き続けることは難しいのではないでしょうか。
私自身、オンラインショップ事業の経営に約20年携わらせていただだいてきた経験を振り返ってみても、組織の風通しやメンバーのモチベーションを左右したのは、立派な制度よりも「日常の対話の密度」だったと感じています。誰かが新しいことに挑戦したときに、「よくやったね」「助かったよ」と自然に声を掛け合える文化があるかどうか。たったそれだけのことと思われる方もいるかもしれませんが、これらによって、職場の「関係性」と「有能感」は大きく育っていきます。
「いい職場」の条件に、魔法のような派手な答えはありません。研究が一貫して示しているのは、「人が一人の人間として大切に扱われている場所」という、とても地味で、本質的な基準です。明日の朝、職場の仲間に少しだけ意識して「おはよう」「ありがとう」と声をかけてみる。そんな小さな対話の積み重ねが、自分自身の働く幸せを育む出発点になるのだと思います。
出典・参考文献・参考サイト
【毎日書評】いまの日本における「いい職場」ってなんだっけ?(ライフハッカー・ジャパン)
https://www.lifehacker.jp/article/2601_book_to_read_weekend_138/
Deci, E. L., & Ryan, R. M.(2000)「The ‘What’ and ‘Why’ of Goal Pursuits: Human Needs and the Self-Determination of Behavior」Psychological Inquiry.
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