感謝の気持ちを持ちましょう、という話は、家庭や小学校の授業でも、そして宗教の教えでも繰り返し言われてきた言葉かなと思います。しかし、感謝の実践が私たちのウェルビーイングに与える影響は、精神論ではなく、実証研究の積み重ねによって裏付けられていることは、まだまだ知られていないかもしれません。
幸福学の第一人者、前野隆司教授は、著書『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』(PHP新書)の中で、寝る前に「あること」をするだけで人は幸福に近づくことができる、と言っています。その「あること」とは、今日あった「三つの良いこと」を書くこと。一日の終わりに、感謝できる出来事を書き留めるという、たったそれだけの習慣です。
この習慣の効果は、ポジティブ心理学の分野でも広く研究されています。ペンシルベニア大学のマーティン・セリグマン教授らが行った研究では、「今日うまくいったこと3つとその理由を毎晩書く」という実践を1週間続けた参加者の幸福感が有意に高まり、その効果が6ヶ月後まで持続したことが確認されています。たった3行の記録が、半年にわたって幸福度に影響を及ぼすということです。
「感謝の日記」、「ありがとう日記」、あるいは「TGT(Three Good Things)」などと呼ばれるこの実践的な幸せのためのエクササイズが効く理由のひとつは、脳の注意の仕組みにあります。人間の脳は、ネガティブな情報に対してより強く反応するよう設計されています(これをネガティビティ・バイアスと呼びます)。一日を振り返るとき、何も意図しなければ、うまくいかなかったことや不快な出来事が先に浮かんできます。感謝の日記は、意図的にポジティブな出来事へ注意を向け直すトレーニングです。繰り返すことで、視野が少しずつ広がり、日常の中にある「小さな良いこと」を見つける認知の習慣が育まれています。
前野教授が提唱する「幸せの4因子」の中には、「ありがとう因子」と呼ばれる因子が含まれています。これは、感謝・つながり・利他の意識が幸福感と深く連動しているという考え方で、感謝の日記はこの因子を毎晩、少しずつ育てる実践として位置づけることができます。
始め方はシンプルです。今夜(明日と言わず、今夜から)、寝る前に3行だけ書いてみてください。「誰かに助けてもらったこと」「小さくてもうまくいったこと」「ただ、よかったと思えたこと」。書き慣れないうちは、ほんの一文でももちろん構いません。研究が示しているのは、完璧な日記ではなく、続けること。継続する意図そのものが幸福感の土台を少しずつ変えていくということです。お金もかからず、1日わずか5分ほど、良かったと思うことを3つ書き出す。これを1週間続けることで、その後の6カ月の幸福度に影響を及ぼすのですから、幸せな気持ちを育てたいけど、まだ試したことがない、という人は、ぜひやってみてはいかがでしょうか。
出典・参考文献・参考サイト
前野隆司(2017)『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』PHP新書.
https://www.amazon.co.jp/dp/4569836178?tag=wellbeingportalsite01-22
Seligman, M. E. P., Steen, T. A., Park, N., & Peterson, C.(2005)「Positive psychology progress: Empirical validation of interventions」American Psychologist, 60(5), 410–421.
https://doi.org/10.1037/0003-066X.60.5.410
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