「今の職場で幸せに働けているか」という問いに、自信を持って答えられる人はどれくらいいるでしょうか。ウェルビーイング研究では、この問いへのアプローチに重要な視点があります。パーソル総合研究所が慶應義塾大学・前野隆司教授(現在は武蔵野大学教授・慶應義塾大学名誉教授)の研究室と共同開発した「はたらく人の幸せ/不幸せ診断」ツールは、まさにその視点を実用的な形にしたツールです。
多くのウェルビーイング調査は「幸せ度」を一本の軸で測ります。「幸せでない」から「幸せ」への一直線のスケールで自分の状態を問うわけです。しかしこのツールが採用しているのは「2軸モデル」です。「幸せ」と「不幸せ」を独立した2つの次元として別々に測定します。この設計には、感情心理学の重要な知見が背景にあります。デビッド・ワトソン博士らが1988年に開発した感情測定尺度「PANAS(Positive and Negative Affect Schedule)」では、ポジティブ感情とネガティブ感情は互いに独立した次元であることが実証されました。つまり「不幸せでないこと」は「幸せであること」を意味しないのです。
具体的には、幸せ側に「自己成長・リフレッシュ・チームワーク・役割認識・他者承認・他者貢献・自己裁量」の7因子、不幸せ側に「自己抑圧・理不尽・不快空間・オーバーワーク・協働不全・疎外感・評価不満」の7因子を設定し、各因子を3問ずつの設問で定量的に測定します。この構造により、「特に不幸せではないがどこか充実感が薄い」「職場の雰囲気は悪くないが自己成長を感じられない」といった、言語化しにくいモヤっとした状態が数値として浮かび上がります。
ご存じの方もおられると思いますが、ストレスの軽減と幸福感の向上は、別々のアプローチを必要とします。不幸せの源を取り除くことは必要ですが、それだけでは幸せな職場にはなりません。このツールはその両面を分けて可視化することで、「何が足りていないのか」「何が邪魔をしているのか」を区別して考える出発点を与えてくれます。さらに、個人が診断結果を確認するだけでなく、チームや組織単位で活用することで、職場全体のウェルビーイング向上につながる具体的な手がかりが見えてきます。
ビジネススクールのマネジメントに関する基本的な講義でも出てくるハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」にも通じるものがあるように思いました。(ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」: 衛生要因とは職場環境や待遇など「満たされないと不満を招くが、満たされてもモチベーション向上にはつながらない要因」を指し、動機づけ要因は、仕事の達成感や承認など「意欲を刺激し、満足度を高める要因」を指します。この2つの切り口からマネジメントを捉えることが大切であるという理論。)
情報ソース自体は2020年のものですが、「幸せと不幸せを別々に測る」という本質的な発想は、むしろ今の職場環境を考える上でより重要性を増していると感じます。「なんとなく職場の空気が重い」と感じているなら、その感覚を数値として確かめてみることが、改善への最初の一歩になるかもしれません。
出典・参考文献・参考サイト
「慶應義塾大学前野研究室と『はたらく人の幸せ/不幸せ診断』ツールを共同開発―パーソル総合研究所」HRzine
https://hrzine.jp/news/detail/2301
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