このシリーズについて
世界トップクラスの幸福研究者たちが執筆した『Handbook of Well-Being』(2018)を読んで、気になった内容を共有していくシリーズです。前回は「農業革命・枢軸時代・啓蒙主義が幸福研究にどう繋がったか」を取り上げました。今回は第2章、宗教と幸福感の話です。
前回は、幸福研究の土台となった人類の歴史を振り返りました。枢軸時代の思想家たちが「快楽より意味」を説いたという話をしたんですが、今回は宗教と幸福についてです。世界の主要宗教はみな、幸福についての教えを持っているので、それらが現代の幸福学とどう対応しているのかを見ていこうと思います。
宗教と幸福感の相関は「ある、でも小さい」
まず数字を確認しておくと、世界の68%が「宗教は自分の人生において重要だ」と答えています(Diener et al., 2011)。アメリカ人に限ると51%が月1回以上礼拝に出席しているというデータもあります(Gallup, 2016)。
ちなみに日本は、世界でも無宗教率が高い国で、「信仰している宗教はない」と答える人が過半数にのぼります。
研究を見ると、宗教的な人のほうが生活満足度やポジティブ感情が高く、うつも低い傾向にあります。ただし効果量は一貫して小さいんです。「信仰すれば幸せになれる」と言い切れるほどのデータではありません。本書の立場はそこからスタートします。
世界の主要宗教は皆、「快楽を追うな」と言っている
面白いのは、キリスト教・イスラム・仏教・ヒンドゥー教、どの宗教も共通して快楽の最大化を目標にしていない点です。
キリスト教ではイエスが神との関係を快楽より優先するよう教えました。イスラムでは快楽主義は古来から戒められています。仏教は「欲望が苦しみの原因」と明示しています。ヒンドゥー教も感覚的快楽を否定はしないけれど、それより上位に正義や解脱を置いています。
これは幸福研究のヘドニア(快楽)vs. ユーダイモニア(意味・目的)の対比と重なります。宗教が目指すのは快楽じゃなく、神との繋がりや悟りといったユーダイモニア的な充足感なんです。前回取り上げた枢軸時代の思想家たちと同じ結論を、世界の宗教がそれぞれ独立に出しています。
「どんな神を信じるか」「どう救われると思うか」で幸福感が変わる
本章で特に面白かったのは、「宗教を持つかどうか」より「信念の中身」が幸福感に影響するという指摘です。
たとえば神のイメージ。神を「厳しく罰する審判者」と捉えている人より、「愛情深い父親」と捉えている人のほうが幸福感が高い傾向にあります。同じ「信者」でも、心の中の神が違えば結果も違う。
さらに興味深いのが「救いの方法」をめぐる違いです。キリスト教内でも「善行を積まないと天国に入れない」と考える人と、「信仰による神の恵みで救われる」と考える人がいます。前者は「自分の善行は足りているか」という不安を抱えやすく、後者は安心感や解放感を感じやすいようです。
祈りは「するかどうか」より「どんな祈りか」が重要
アメリカ人の55%が定期的に祈っているというデータがあります(Pew Research Center, 2014)。ただ「祈る人は幸福か」という問いへの答えは単純にYesじゃないんです。
祈りの種類を分けて分析した研究(Whittington & Scher, 2010)では、感謝の祈り・礼拝的な祈りをしている人は幸福感が高く、逆に義務的な祈り・告白・懇願の祈りをしている人は幸福感が低い傾向があることがわかっています。
理由はシンプルで、感謝の祈りは今あるものに注意を向ける行為で、懇願の祈りは「足りない何か」に注意を向ける行為だからです。これは宗教の外でも同じ話で、瞑想・感謝日記・マインドフルネスといった現代のウェルビーイング実践と構造的に変わりません。
宗教が幸福をもたらす本当の理由は「コミュニティ」かもしれない
宗教的実践の中で幸福感への影響が最も説明しやすいのは、「人が集まる」という側面です。
礼拝は毎週コミュニティが集まる場で、帰属感や社会的サポートを生みます。巡礼は見知らぬ信者たちと一緒に旅をする体験で、畏敬の念と連帯感が生まれます。祭りや祝日は家族・友人と食卓を囲む機会です。どれも「人と繋がること」が核にあります。
本書は、宗教の幸福効果のメカニズムとして社会的サポートや帰属感が重要な変数になっている可能性を指摘しています。宗教そのものより、宗教が作り出すコミュニティが幸福感の源泉だとしたら、宗教を持たない人でも、同じ機能を果たすコミュニティを持つことが大事だ、という示唆につながります。
まとめ
まとめるとこういう構造です。
- 宗教的な人は統計的に幸福感が高いが、効果は小さい
- 世界の主要宗教は快楽主義を否定し、ユーダイモニア的充足感を目指す点で共通している
- 幸福感に影響するのは「宗教を持つか否か」より、「神をどう捉えるか」「どんな実践をするか」という中身
- 感謝・ゆるし・コミュニティへの参加・マインドフルネスは、宗教的な文脈を外しても幸福感を高める実践として機能する
宗教の話は「信じる・信じない」で終わりがちですが、幸福研究の視点から見ると、宗教の内側にある実践の設計が興味深かったです。次回もその延長にある話が続きます。
次回予告 第3回は「Well-Being Concepts and Components」。幸福感を構成する要素を整理した章です。「幸福とは何か」を科学はどう定義しているのか、改めて整理します。
参考:Newman, D. B., & Graham, J. (2018). Religion and Well-Being. In Handbook of Well-Being, pp.19-29.
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