ここ数年、世界のニュースを見ていますと、どこか息苦しさを感じることが増えました。国と国、人と人の間に見えない壁ができ、対話よりも力による決着が優先されているような場面が、以前より多くなった気がします。そのような状況だからでしょうか、「ウェルビーイング」という言葉の持つ意味を、あらためて考えてみる価値がありそう、と感じています。
今回ご紹介するのは、サステナ経営の潮流を捉える雑誌「オルタナ」の84号第一特集「ウェルビーイング 分断の時代こそ」座談会「組織戦略としてのウェルビーイング」です。
この座談会の中で、ウェルビーイング研究界のタカ&トシのタカ(笑)こと前野隆司教授は、ウェルビーイングを「身体的、精神的、社会的に良好な状態」と定義したうえで、さらに一歩踏み込んだ視点を示しています。それが「プラネタリー・ウェルビーイング」という概念です。
プラネタリー・ウェルビーイングとは、個人や組織の幸せにとどまらず、地球全体が良好な状態であることを射程に入れた考え方です。自分一人が幸せになればいい、あるいは自分の会社・国が豊かであればいい、というレベルを超えて、地球という単位で「良い状態」を考えようという発想です。壮大に聞こえますが、環境問題や地政学的な緊張が日常のニュースになっている今、これは決して絵空事ではないと感じます。
また、同じ座談会に登壇されていた武蔵野大学の小西聖子学長(精神科医)の言葉も印象的でした。「むき出しのパワーは暴力である」という指摘です。力による一方的な支配は、人間の尊厳を根本から損なう。だからこそ、パワーポリティクス(力による政治)とは異なる社会の仕組みを構築する必要があると。精神科医として多くの傷ついた人と向き合ってきた立場からの言葉だけに、とても重みを感じました。
さらに、環境省が「第六次環境基本計画」においてウェルビーイングを解決すべき課題の一つに位置づけたことも、この記事の中で触れられています。行政レベルでウェルビーイングが政策的な文脈に組み込まれるようになったことは、大きな変化だと思います。
私が住む静岡県三島市でも、前野隆司教授をウェルビーイングアドバイザーに迎え「めざせ!ウェルビーイング宣言」を行い、地域として幸せな暮らしを目指す取り組みが進んでいます。地域レベルでも、国レベルでも、地球レベルでも、ウェルビーイングという概念が共通の土台になってきているのを、肌で感じる機会が増えました。
日常のスケールで考えると、「共通言語としてのウェルビーイング」という話は、職場や家庭にそのまま当てはまると思います。意見が対立したとき、「どちらが正しいか」ではなく「どうすれば互いにとって、そしてその先にいる人たちにとっても良い状態になるか」という問いを持てるかどうか。それだけで、話し合いの質はずいぶん変わるのではないでしょうか。
分断の時代において、ウェルビーイングは対症療法ではなく、社会の設計思想そのものを問い直す概念として育ちつつあるのだと、この記事を読んで改めて感じました。
武蔵野大学がウェルビーイング学部を2024年春に設置し、2026年春には大学院にウェルビーイング研究科の創設をしたことも、この流れを加速させる動きとして注目しています。
「幸せ」を個人の内面の話として閉じるのではなく、社会と地球につながる問いとして開いていく。そうした視点を、自分の暮らしでも少しずつ育んでいくことを大切に生きたいものです。(SBL(有料会員向けサービス)入会でフルコンテンツを閲覧できます)
参考文献・参考サイト
alterna/座談会「組織戦略としてのウェルビーイング」
https://www.alterna.co.jp/169656/
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