スキルシェア※1がウェルビーイングの向上につながることを研究されている、青木慶さんへのインタビューの5回目です。スキルシェアを行うことで持続的幸福度が上がるというアンケート結果を示した第1回。第2回はスキルシェアの始め方、第3回ではプラットフォームを利用したスキルシェアの事例を紹介。第4回はスキルシェアを副業につなげる方法や、報酬を得て行うスキルシェアでは「他者貢献」の意識が高くなるというアンケート結果を示しました。5回目の今回は、企業など組織に所属しながら行う「副業・複業」について、さらに掘り下げて考えてみたいと思います。
副業? 複業?
日本では、2018年に厚生労働省の「モデル就業規則」が改定され、副業に関する規定が新設されたことをきっかけに、企業における副業容認率も徐々に高まってきています。株式会社パーソル総合研究所が2025年に実施した「第四回 副業の実態・意識に関する定量調査」によれば、企業の副業容認率は64.3%と、2018年の50.9%と比べて大きく上昇し、過去最高となりました。ただし、正社員の副業実施率は11.0%と、まだ副業が一般化しているとは言えません。その中で、20代男性の副業実施率は20.2%と高い。副業の実施理由も、「自分のスキルが他の場所でも通用するか試したいから」が48.9%など、収入以外の理由が高くなっているのが特徴的です。
ところで青木さんは、「副業」と「複業」という言葉を使い分けています。正副の副である「副業」は、本業の傍らで小遣い稼ぎとして行うもの。やりたいことというより、稼げるからやっていること。隙間バイトなどもこちらに含まれます。一方「複業」はやりたいことをベースに、複数の仕事を持っているもの。いわゆる「二枚目の名刺」に、複業で行っている仕事の内容を表示するイメージです。たとえば、コピーライターが本業の人が、資格を取って社会福祉関係の複業をやっているようなケースです。
興味深いのは、複業先がNPO法人だとしても、ボランティアではなくちゃんと報酬を得ているというところです。お金を回していかないと、NPOなどの活動自体も持続可能にならないし、複業としてやっている本人も続けていけない。複業の場合、もともとやりたい仕事であったことに加え、複業を通じて自分の知識をアップデートし、能力も磨いていきたい意識も高い。だから、続けていきたいという気持ち自体は強いのです。でも報酬が見合わなければ続けられないのも事実です。
「やりたいこと」から始めた複業の中で、「自分の軸」が見つかっていく
青木さんは、複業も「好きなこと」から始まると言います。思い切って飛び込んでみると、今までの仕事で培ったスキル・能力が複業先で必要とされる。複業人材は、他の業界から新たな知識をもたらしてくれる人として、とても重宝されるそうです。そうすると、この知識も使えるんじゃないかなど、自分の経験を手繰り寄せて活用する場面も増えていき、それに連れて仕事へのモチベーションも上がっていく。そして自己実現にもつながっていく。
そのうち、自分のメインとなるスキル・能力や、自分が大切にしたいことといった「軸」が見つかっていきます。一般的に組織の中で行う仕事では言われたことをやるというケースが多いですが、複業は「自分でその仕事を選び取っている」、ということがポイントになってくるのです。
他の仕事に就いたけれど、どうしても「やりたかったこと」を諦めきれずに複業を始める方も。青木さんがインタビューした中には、銀行員でありながら映画監督もやっている女性がいらっしゃいます。もともとマスコミなどの発信する仕事をしたいと考えていたのですが、就職活動の結果、地方銀行に勤務することになった。銀行で広報の仕事に就き、さらに自主的にシナリオライターの学校にも通ってスキルを磨いていった。そして社外の案件に応募していくうち、ついに観光地を活性化するPRムービーを作る機会に恵まれたのだそうです。結果的に本業の地方銀行ともかかわりが出てきて、今は、銀行から出向という形で、地方創生にかかわる仕事をやっているとのこと。
「好きなことへの想い」に蓋をしない
ほかにも、本業としてパティシエをやりながら、若い頃から好きで諦めきれなかった音楽を、ライブ活動の形で続けている方も。みんな「好きなこと」への想いがとても強い、と青木さんは言います。
複業を始めるきっかけは、自分の興味関心を満たしてくれそうな場所に顔を出してみることで、見つかることも多いそうです。たとえば、自分の興味と似たようなことをやっている友人や、フリーランスとして仕事をしている人に会ってみる。そこでアドバイスをもらったり、具体的に人を紹介してもらえたりすることもある。関心の近いコミュニティに顔を出しているうちに、さらにつながりが生まれてくる。つまり興味のあることに一歩踏み込んでみることが大事なのです。
とはいえ、いろんな場に顔をだすのは、時間もお金もかかります。しかもそこで出会う人の中には、起業してもうまくいかず失敗した人も大勢います。ただ、そこでめげてしまうと始まらない。
青木さんが印象に残っている人の中に、Twitter(現X)上で面白い発言をしている経営者に、「会ってほしい」と、片っ端から連絡して話を聞いたという20代の人がいます。この人は、話を聞いていくうちに自分にフィットする場所を見つけ、ボランティアから始めて、今では自分でビジネスを回しているとのことです。若い人がみんな、タイパ・コスパを重視するわけではないのです。
大事なのは、自分の中にある、「ちょっと物足りなさ」とか、「もっとこんなことをやりたい」という気持ちに蓋をせずに、追及していくことです。2回目のコラムでも書いたように、まずは、自分の「好きなこと」「やりたいこと」を、周囲に発信してみてはどうでしょうか。
やりたいことをSNSに書き込んだところ、すごく遠くにいた先輩が「一緒にやらないか」と声をかけてくれ、そのコミュニティに積極的に参加するようになった人もいます。関心があることを外に向かって出していくことで、誰かが見出してくれるチャンスが訪れるかもしれません。表明して、巻き込まれてみる。とはいえ、そこからさらに「複業」につなげていくには、飽くなき「探求心」や、人との「関係性を築く力」などもかかわってきそうです。
広げて絞って。収縮を繰り返す
複業にネガティブな側面があるとしたら、過重労働の恐れがあることかもしれません。先に紹介したパーソル総合研究所の調査でも、副業を行うことで「過重労働となり、仕事に支障をきたした」「体調を崩した」と回答した人は、副業実施者の26.9%にも上り、調査開始以来、最高となりました。
青木さんのインタビューでも、複業をはじめると「あれもこれもやりたくなって、回らなくなってしまった」という方がいらっしゃいました。その中で多くの方は、広げて、絞って、と複業の内容について収縮を繰り返していくそうです。
回らなくなるまで仕事が増えると、身体もしんどくなるし、気持ちも乗らなくなる。だから仕事を絞り込む。絞り込む際に、自分なりの基準、つまり「自分はいったい何を突き詰めたいのか」を研ぎ澄ましていくことで、自分の軸が定まってくる。もちろん、その時々に自分の興味関心が移り変わるという側面もあります。そうして絞り込んだ方に焦点をあて、それ以外はやめていく。そうするとまた、集約した仕事のほうにたくさんオファーが来るようになる。そしてまた絞り込む・・
中には、成長実感が少なくなってきたので、今までとは違うところをやりたいとチャレンジする方もいらっしゃるそうです。たとえば、新卒で入った会社で広報に従事し、それを軸にフリーランスになった。広報だけでなく経営にも関わりたいと考え、仕事を受託していた会社に嘱託として入った。さらにもっと自分の枠を広げるために、期限付きでデジタル庁の公募にチャレンジした、という方。仕事の場所や立場がかわると、関わる人も全然違ってくる、そのことも魅力だったと言います。
こうやって、複業の幅を広げたり絞ったりするのです。でも一旦、外したとしても、その人が持っていた興味自体は切れてしまう訳ではなく、支流として続いている。どこかでまた仕事に役立つこともありそうです。
仕事とウェルビーイング
複業をしている方に関して印象的だったのは、やはり自分がやりたいことを実践しているところでした。特に、「この仕事は誰かの幸せにつながっているのか」を問い、「みんなの幸せになることをやりたい」と考える人が多い、と青木さん。普通、仕事ではそんなことは言っていられない。「なんだかなあ」と思いながらも、日々、業務としてやっている。仕事は割り当てられるもの、降ってくるものという位置づけです。一方、複業であれば、たとえば広告一つにしても、自分が心から勧められないものは受けない、関わらないという選択ができる。これが、複業を行う人のウェルビーイングにつながっているのではないかと、青木さんは考えます。
だから複業では、「仕事をいただけること自体がありがたい」という言葉が出てくる。その結果として、本業をやめて、複業のほうに行ってしまう人も少なくないそうです。
考えてみると、こんな風にして能力もやる気もある人を手放してしまうのは、本業の企業の側からしたらもったいないことですよね。副業を解禁している企業も、従業員が副業を通じて得たスキルや人脈を、本業に還元してもらいたいと考えているのではないでしょうか。
この時に重要になってくるのが、「その会社が好き」という気持ち。会社の理念に共感できるとか、作っているものや生み出しているサービスがすごく好きであることなど。いわゆるエンゲージメントです。こういう気持ちが、会社を辞めるのを引き留めてくれるのかもしれません。
最近では、その企業を退職した人の集まりである「アルムナイ」や「出戻り制度」を作る企業も生まれています。一度外に出ることで、かえってその企業の良さがわかり、以前よりも高いエンゲージメントをもって仕事に取り組んでいってくれる、ということがあるようです。
もっと積極的に、企業内でスキルを循環させていく仕組みとして、コニカミノルタは今年7月に社内副業である「スキルシェア制度」を正式導入しました。今まで「社内スキルシェア」を運用しようとすると、就業時間外での活動であれば従業員の過重労働や、やりがい搾取につながりかねない。また就業時間内では、受益側が送り出し側のコスト(人件費)にただ乗りすることになるなど、多くの課題がありました。コニカミノルタでは、勤務時間に応じた追加報酬を従業員に支払うことで、こうした課題の解決につなげています。企業の側も人材の使い方を変えていかなければいけない時代が到来しているようですね。
5回にわたってお伝えして来た「スキルシェアのすすめ」、いかがでしたでしょうか? 「好きなこと」「やってみたいこと」の表明から始まり、少しずつ「スキル」や「得意」を増やしていく。「好き」×「得意」が誰かに届いたとき、受け取った側もうれしいし、届けた側も「誰かの役に立った」と幸せを感じる。まさにウェルビーイングの連鎖です。
このコラムに関心を持ってくださったみなさま、ぜひ青木さんの著書『スキルシェアのすすめ』もご覧になってください。

https://www.chikura.co.jp/category/select/pid/1149
※1スキルシェアとは?
スキルシェアは、大きく分けて空間・移動・スキル・お金・モノの5つの分類されるシェアリングエコノミーのひとつ。シェアリングエコノミーとは、個人が保有する資産を、他の人にも利用可能にする経済活性化活動のことです。デジタル庁によれば、スキルのシェアとは、個人が有する技能をインターネット上でマッチングして、必要な人に有償で提供することとされています。青木さんはもう少し広く、オンラインでの活動だけでなく、直接のやりとりも含め、「個人知を他者に共有すること」と定義しています。スキルシェアには有償のものだけでなく、金銭のやりとりが発生しない無償の活動も含まれます。
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