「良いものを作れば、人は幸せになる」という考え方は、長い間、ものづくりの前提でした。でも、本当にそうでしょうか。良い機能を持った製品に囲まれても、必ずしも幸せにはなれない。そんなことを、日々の暮らしの中で感じてきた方も多いのではないかと思います。
今回の論文は、その違和感に正面から向き合うとってもユニークな研究です。
ウェルビーイング研究の世界のタカ&トシのタカこと前野隆司教授とトシこと保井俊之教授(当時・慶應義塾大学SDM)、そして当時同じく慶應義塾大学SDM研究員だった前野マドカさんが、2021年に発表した「ウェルビーイングを陽に考慮したシステムデザイン方法論(第1報)」。製品・サービス・組織・街づくり・教育・政策といった、あらゆる「設計」の場に、ウェルビーイングの要素を意識的(=陽に)組み込むための方法論を提案した論文です。
今回、この「陽に」というのがこの論文のキーワードです。「なんとなく幸せになってほしい」という曖昧な願いではなく、幸せの4つの因子(やってみよう・ありがとう・なんとかなる・ありのままに)やPERMAといった体系化された構成要素を、設計のKPIとして明示的に埋め込む、というアプローチです。
具体的な手法として紹介されているのが「マトリックス法」です。縦軸に幸せの構成要素、横軸に対象となる人や場面を置いて、それぞれのマスにアイデアを書き込んでいく。「子どもになんとかなる因子を感じてもらえる教育とは何か」「高齢者がありのままにいられる地域とは何か」という問いが自然と生まれてくる仕組みです。
現在、私が主宰する科学的な研究に基づく幸せな心の状態を育むカード、「ウェルビーイングダイアログカード」を使った対話会のファシリテーションをしていると、気づくことがあります。このカードにはそれぞれに幸せに気づく問いが書かれているのですが、「このカードに書かれている問いに答えてみてください」と参加者の方々に伝えるよりも、「このカードには、『つながりと感謝』に関する問いが書かれています。この視点で、このカードの問いに対する考えてみても良いかもしれません。」と伝える方が、参加者の言葉がぐっと具体的になる。「幸せの要素」を名指しにするだけで、場の深まりが変わる感覚があります。
それはおそらく、「何を大切にするか」が見えると、人は自分の体験をそこに照らし合わせやすくなるからだと思います。この論文が提唱している「陽に考慮する」というのは、まさにそういうことなのだと感じています。
事例として紹介されているのも面白かったです。積水ハウスとの「住めば住むほど幸せ住まい」研究、介護施設でのフラダンス活動、そして私も所属するオンラインサロン「ウェルビーイング大学」も、この方法論の実践事例として挙げられています。
「幸せを意図的に設計に組み込むことで、私たちは、より幸せな社会を作る事ができる」という静かな確信を、この論文はあらためて与えてくれた気がします。皆さんの仕事には、何か幸せを陽に組み込めることってありそうでしょうか。 あるいは、日々の暮らしの中で、これは、幸せを意図的に組み込んだ製品やサービスだな、と気づいた体験ってありますか。この論文をきっかけに、そんな製品やサービスが広がっていく世界がこれから訪れるかもしれませんね。
なお、この研究には続編があります。第2報として「地域のウェルビーイングの計測指標の提案と有効性検証」が行われており、近日中にご紹介する予定ですので、こちらもお楽しみに!
これは面白そう!と感じた方は、ぜひぜひ原文の論文も読んでみてください!
出典・参考文献・参考サイト
前野隆司・前野マドカ・保井俊之「ウェルビーイングを陽に考慮したシステムデザイン方法論 ― 第1報:設計論の基本概念とその適用領域 ―」システムデザイン学会誌, Vol. 2, No. 1, 2021, pp. 13-20(慶應義塾大学)
https://takashimaeno.com/wp-content/uploads/2025/04/2021_systemdesign_takashi_madoka_yasui.pdf
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