トヨタグループの主要部品メーカーのひとつで、自動車のエアバッグなど安全・機能部品を幅広く手がける豊田合成株式会社。その宮﨑直樹会長が語る「居場所と舞台のある職場」という言葉は、聞いた瞬間に腑に落ちるものがありました。幸せであるためには「居場所」と「舞台」が必要であることを提唱するのは、福井県立大学 地域経済研究所の高野翔准教授です。「居場所」はここにいていいという安心感、「舞台」は自分の力を発揮できる場。ウェルビーイングの本質を、ウェルビーイング経営の現場の言葉としても端的に言い表しているものとして個人的に深く共感します。
ウェルビーイング経営とは、従業員の幸福を起点に組織を設計する経営のあり方です。帝国データバンクの「企業が選ぶ2025年の注目キーワード」によると、「ウェルビーイング経営」はキャズム(世に知られていなかったことが普及するかどうかの1つの大きな境目のこと)を越えたそうです。
「居場所」がその鍵を握ることは、ケース・ウエスタン・リザーブ大学のロイ・バウマイスター教授とウェイク・フォレスト大学のマーク・リアリー教授が1995年に発表した著名な論文が実証しています。「帰属欲求(need to belong)」、つまりここにいていいという感覚が人間の基本的な動機であり、この欲求が職場で満たされないとき、待遇への不満より先に離職やエンゲージメントの低下が起きることを示しています。「居場所がない」という感覚は、給与や福利厚生の問題より根深いところにある、ということです。
一方、「舞台」を支えるのが、ロチェスター大学のエドワード・デシ教授とリチャード・ライアン教授が2000年に提唱した自己決定理論(SDT)です。人が内発的に動くために必要な3つの基本心理欲求として「関係性」「有能感」「自律性」を挙げています。自分の強みが活かされ、成長を感じ、自分で判断できる余地がある。この3つが職場で満たされるとき、人は高い幸福度と心理的健康、そしてエンゲージメントを示すことが実証されています。
武蔵野大学ウェルビーイング学部長の前野隆司教授が示す幸せの4因子のうち、「やってみよう」の因子、つまり自己実現と成長に関係する因子は、SDTの「有能感」「自律性」と強く共鳴します。「居場所」と「舞台」という言葉は、複数の研究体系とも重なり合っており、この事実に改めて驚かされます。
オンラインショップの事業経営に約20年ほど携わってきた経験を振り返ると、スタッフの定着と離職の分かれ目は、待遇よりもこの「居場所」と「舞台」の有無に深く関わっていたと実感しています。給与や制度を整えても、「自分はここにいていい」という安心感と、「ここで力を発揮できる」という手応えが伴わなければ、人はなかなか長く働き続けることができません。
ウェルビーイング経営という言葉が広まりつつある今、それを実現させていくためには、「居場所と舞台」という表現の本質を捉えて、「帰属欲求」と「3つの基本心理欲求」の充足に向けた制度設計・組織設計が必要です。この設計に取り組む経営者が一人増えるたびに、職場はより人を幸せにする場所に、近づいていくのだろうと思います。
出典・参考文献・参考サイト
「居場所」と「舞台」のある職場を追求(Human Capital Online)
https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00046/010900067/
帝国データバンク「2025年、キャズムを越える注目キーワードとは」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250120-tdbreview-no40/
Baumeister, R.F., & Leary, M.R.(1995)「The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation」Psychological Bulletin, 117(3), 497–529.
Ryan, R.M., & Deci, E.L.(2000)「Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being」American Psychologist, 55(1), 68–78.
https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68
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